最初は膝の裏に針でも刺されたのかと思った。
中央総武線の満員電車でのことである。右の足のちょうど膝の裏の柔らかい所がチクチクする。尖った針で突かれているようだ。
だが体の周囲を見回しても何もそんなものは見当たらない。だが確かに針の先で刺されるかのように痛む。
奇妙なことだ。体の体勢を入れ替えてみる。痛みが消えた。また元の体勢にしてみる。痛みが戻る。
これは骨の角度に合わせて神経痛でも起きているのか?
そう思った。だがちょっと考えてから、膝の裏の位置に来ているどこかのサラリーマン風の男のカバンを、もう一方の足で偶然を装ってずらした。
痛みが消えた。
足をどけるとバッグが元の位置に戻る。
痛みが戻って来る。
まるでカバンから見えない細い針が飛び出ているかのようだ。
放射線?
カバンの中には放射性物質が入っているのか?
人体が検知できるほどの放射線を浴びたなら私の命はもう長くない。
さらに考えた。脳の記憶領域をブーストし、何かこれに似た情報はないかを検索する。
答えが出た。陰陽師の技法の一つに似たようなものがある。足の裏の柔らかい所を使って地中に埋められた呪物を探すのだ。呪物があると足の裏がチクチクする。ちょうど今と同じ状況だ。つまりカバンの中には呪物が入っている。
カバンの持ち主のサラリーマンはメガネをかけた細身の小男でずうっと俯いている。
何となくそのカバンの中のものが分かった。こういうとき私の脳裏に浮かぶ映像はだいたいが正解なのだ。
そのカバンの中に入っているのは藁人形だ。それも使用済の。その全身に無数の針を突き刺して来たそんな藁人形だ。その汚れた藁人形の悪意がカバンの外にまで放散されている。
それ以上関わりたくないので次の駅で降りた。
都会は恐ろしい。ごく普通の人間があんなものと一緒に歩いている。