オペレーション・アルゴ銘板

5)決意

 船中の人間がアルゴ号の甲板に集められた。甲板磨き、舵取り、航海士、料理係にネズミ捕りを専門としている下働きの子供までいる。

「だいたいの状況は今話した通りだ」イアソンが会話を締めくくった。「全員の意見が聞きたい。俺たちはこれからどうすればいい?」
 これがギリシア人の良い所だ。どこでも民主主義を貫くことができる。少なくとも、王様とその軍隊がいない所では、の話だが。
「国へ帰ろう。イオルコスへ」
 平々凡々な意見が飛び出した。それに対して反対の声が上がる。
「俺のいとこは、死んだ経理官だった。ほらあの池に身投げした」
 全員がうなずいた。
「この遠征に幾らぐらいかかったか、最後に聞いたんだが」
 男が言った金額に、イアソンも含めてそこにいた全員の顔が蒼ざめた。そんな金額のお金が存在すること自体、予想の範囲外だったからだ。まさかそこまでの大ギャンブルだったなんて思いもしなかった。これでは冒険に失敗すればイオルコスの国は即座に破産する。
「ということで今更冒険の取りやめは無しだ。金の羊の毛皮を持って帰るか、全員首を切られるかの二つに一つしかない」
「新たに英雄を募集しなおすってのはどうだ?」誰かが言った。
「それに真っ先に応募する奴の名前に心辺りがある」別の誰かが答えた。
「当ててみせよう。名前の最初の文字が『ヘ』で最後の文字が『ス』だろう」
 皆がげんなりとした。前の港に置いてけぼりにしたあの尊大で乱暴な巨躯の男を思い出したからだ。
「仕方ない。俺たちで冒険を続けよう」
 イアソンが諦めたように言った。
 これは当時の冒険としては異例中の異例だった。ギリシア中に生息している怪物はすべて神々の身内だ。それをただの人間が倒すわけにはいかない。あくまでも半神の英雄が倒してこそ、それなりの大義名分が立つというもの。ところが今のアルゴ号にいるのは全員ただの人間だ。もしこれで怪物の一匹でも間違えて倒そうものなら、たちまちにして神々の怒りがこの船の上に落ちることになる。
 それはイアソンにも十分判っていた。この力関係が判らなければ、ギリシアでは長く生きられない。
 それでもイアソンはこう思った。まあ、何とかなるだろう。
「それと、アルゴスに敬意を表して船名は変えない。このままアルゴ号でいこう」
「当然のことです」船首像が相槌を入れた。「私のことはミス・アルゴと呼びなさい」
「しかし、こちらの手駒はイアソンだけか」誰かが嘆息した。
「いや、相手が女の怪物だったら案外いけるかも知れんぞ」

 イアソンは故国でも名うての女たらしだ。イアソン以外の全員が笑った。