SFグレートロード銘板

俺がここに堕ちた訳(前編)

 やあ、あんた、見掛けない顔だね。ここに来るってことは、さてはあんたも娑婆で問題を起こした口か。
 わかっているって、このおれも似たようなものだから。
 まあ、楽にするんだな。釈放の日が来るのはまだまだ先になる。そんなに肩肘張っていては、気力が保たないってもんだ。
 はは。どうした。拍子抜けしたって顔だな。確かにここも監獄の中には違いないが、どっちかと言えば楽園に近い。酒もあれば、食い物もある。おまけにお喋りをするための話し相手まで、こうして用意されているんだから、至れり尽くせりとはこのことだ。

 あんた、お喋りは好きだろうな?
 ここの唯一の欠点は、やたら退屈ってことだからな。ああ、それでもこの外にいる連中の仲間入りをしたいとは、おれは露ほども思わないがね。
 ああ、どうにもこの上にいる連中ってのは、融通が効かないものだよな。本当ならおれはあっち側で旨い酒のたっぷりと入ったグラスを傾けながら、奇麗なねえちゃんとよろしくやっていてもいいものなんだが、結局はここでこうして、一人でグラスを傾ける毎日よ。風景と来たらやたら陰気なもので、散歩をする気にさえなれない。おれもまあ、上の方に抗議をしてみたんだが、やつらときたら、規則、規則との一点ばりだ。
 ひょっとしたら、やつら。本当はおれたちをここに永久に閉じこめておくつもりじゃないかと疑っているんだが、まあ、それも仕方がないのかもしれんな。おれがしでかしたことを考えてみれば。
 あんたもおれと似たようなもんだろ。わかっているって。やつらは頑固だが、それでも長年やってきた仕事の腕だけは一流ときている。滅多に間違いってやつはしないものなんだ。
 まあ、一杯どうだい。娑婆じゃあ、酒をゆっくりと飲む暇もなかった。ここに来てはじめて、おれは酒を楽しむって言葉の意味がわかったような気がするよ。


 そうかい、そんなわけでここに来たのかい。おれがここに放りこまれてから、もうそんなに経ったのかい。ふうん。そんな事件が起こるなんてなあ。いや、面白かったよ。久々に退屈の虫がおさまった。
 そりゃあ、あっちに行けば他のやつらと話もできるんだがな、看守の野郎たちがいい顔しないんだ。まあそういった観点で改めて考えてみれば、おれたちは酒も食い物も特別待遇だが、二重の意味で閉じこめられているとも言えるんだな。

 ええ、どうしたい?
 こんなところに送りこまれるなんて思っていなかったって?
 そりゃあ、あっちの方がもっとましだが、ここもそう悪くはないぜ。それともあそこにいる、あの連中。あのお仲間に入った方がよかったなんて、そう言うつもりかい?

 しっ。滅多なことを言うんじゃない。どこで誰が聞いているのかわからないんだ。やつらは、そう・・恐ろしく地獄耳なんだ。
 しかしまあ、確かによく考えてみれば、やつらの処置は仕方が無いよなあ。おれたちのお陰でうんと人死にが出ているんだから。まさかこれでは無罪放免ってわけにはいかないよな。口笛吹きながらおもてを歩いて、外で誰か知り合いにばったりなんてことになるよりは、ここでおとなしくしているほうがいい。良くも悪しくも、おれたちを怨む者はたくさんいるのだから。
 気楽にやるしかないな。この調子で最後まで行くんなら、刑期を勤めあげるのもそれほど大変なものじゃないしな。

 おれかい?
 おれが入ったわけはな、ちょいとばかり長い話になるんだ。まあ、ここには、時間だけは腐るほどあるし、退屈しのぎに話してみようかい。

 アイシャン街って知っているよな?
 有名な事件になったそうだから、もちろん聞いているか。大きな山がまるまる一つ、かけらさえ残さずに奇麗に吹き飛んで、その近くにあった街までもが丸ごと巻き添えを食らって消滅したってやつだ。死者は約一万人。生存者はわずかに三人だけだったって話だな。
 いや、実はあのとき、おれはその現場にいたんだ。
 というよりはな、あの事件を引き起こした張本人はおれなんだ。
 おれがやった。おれが犯人だ。おれが山をぶっ飛ばしたんだ。街を壊したのは、その、まあ、避けられない余波ってやつだ。

 なんだい、その目は。嫌な目つきだな。そいつは人の罪を責めるための目だ。
 そうだとも。確かにおれは罪深い。だからと言って、あんたがそんな目つきをすることはないじゃないか。確かにおれは罪を犯した。無垢であるはずの大勢の人間を殺した。だからここにいる。それでいいじゃないか。
 どうしておれがあそこの連中のなかじゃなくて、ここにいるのかわからないというのか。
 おれもあんたと同じさ。あの事件で大勢の人間が死んだが、同時に大勢の人間が死を免れた。だから上の連中は、おれをあそこじゃなくて、ここに入れた。そういうわけさ。いま、詳しく話してやるから、そう不思議がらずに聞いているのがいいさ。
 話の発端はな、アイシャン街のすぐそばでダンジョンが見つかったことから始まるんだ。



 ダンジョン、ザ・ダンジョン、生命洞窟、自動増殖生産工場ロボット。金属の化けミミズ。
 人により呼び方は実に色々ある。こいつは、遥か過去の歴史のなかに消え去ったグレート・ロードたちの遺物だ。その実体はと言えば、なかば自意識を持った機械生命体だ。
 こいつの生存理由はただ一つ。岩盤中にわずかに残された金属資源を元にして、グレート・ロードたちの喜びそうな品物をいつまでも生産し続けることだ。
 一般的には、宝物の一杯詰まった不思議な洞窟。そう取られていることはおれも知っている。こいつが、こともあろうにアイシャン街のすぐ近くで見つかったのが悲劇の始まりだ。
 いや、よくよく考えて見れば、悲劇が始まったのはもっと前だな。このザ・ダンジョンの幼生体である、動く自動機械ミミズが、アイシャン街の近くに奇跡的に生き残っていた金属鉱脈を見つけだしたそのときにだ。
 そもそも、ダンジョンというものは、グレート・ロード以外の人間に発見されるのを極端に嫌う。別にダンジョンが恥ずかしがりというわけではない。ダンジョンにとっては主人たるグレート・ロード以外の人間は、すべてが盗賊候補だからだ。
 アイシャン街のダンジョンの場合には、特に、だな。
 当時のアイシャン街は今の時代には珍しいほどの大きな街でな。人口は一万人を越えていた。
 あそこの貿易路はベルダリオン山脈で南北に切断されている。その長い長い孤独な旅路に入る前の貿易船とスナーク隊商たちの最後の会合地点でもあったから、東西貿易の中継点といっても過言じゃなかった。それほどの人口を支えるのに必要な農地も十分にあったし、治安もそれほど悪くはなかった。
 市長の兄が、街の暗黒組織の長だって話だったから、まあ治安が良かったのも別に不思議な話ではない。市長の一族は表と裏からがっちりと、豊かな街を牛耳っていたわけだ。
 人口は多く、貿易へとむかう人々の出入りも激しい。そういった事情を考えると、このダンジョンはよほど巧みに己の存在を遮蔽していたということになる。
 僅かばかりとは言え生き残っている軌道衛星からの赤外線探知を避けるために、地中での生産活動により発生した熱は近くを通る川へとこっそりと捨てる。再処理しきれない廃棄物質は表面を非溶解コーティングして、人間に見つからないように普通の岩石に偽装して周囲にばらまく。排気ガスに関しては、アイシャン街が寝静まるのを待ってから、そっと大気中に放出する念の入れようだ。そうして長い長い待機期間を人間に見つからないようにただひっそりと過ごす。
 いや、おれはこれらすべてを見たわけじゃない。ただ、そうではないかと推測して見ただけだ。もっともこの予想はそう外れてはいないと思う。このダンジョンには人に見つけられたくないだけの十分な理由があったし、またそれを可能にするだけの知識と技術があった。
 さらに言うならば生産活動も極限まで抑えていたはずだ。そうでなければとうの昔にその存在が知れていたはずだからな。見つからないようにじりじりと、だが立ち止まることなく努力を続ける。いつか来る、デビューの日を夢みて。
 だが、そんな涙ぐましい努力も、ダンジョン自体が大きく成長するにつれて、次第に困難になってきた。川は捨てられた熱で煮え立ち、夜中に放出された排気ガスは朝になっても周囲に臭いとして残るようになった。非溶解コーティングをした廃棄物の岩石が風化して割れ、猛毒の汚染物質が近くの農地を不毛の砂漠に変えた。
 そうして遂には、ダンジョンが人間に発見される日がやって来たわけだ。


 そりゃあ、もう。すごい大騒ぎさ。
 街の近くにザ・ダンジョンが発見された、それも近年まれにみる大きさの手つかずのダンジョンだ。家の裏庭にいきなり金の泉が湧いたようなものさ。ザ・ダンジョンは信じられないような生産能力を持つ。ダンジョンが食らいついている金属鉱脈がつき果てるその日まで、街には不景気の文字はなくなる。
 このニュースが街を駆け抜けた直後に、大勢の人間がダンジョンに殺到したと聞いたな。どいつもこいつも考えることはひとつ。他人よりも先にダンジョンに入りこみ、何かお宝を手にいれること。
 なに。何も難しいことなんかありゃしない。洞窟のなかに潜りこみ、そこらに落ちている宝物をポケット一杯に詰めこんで帰ってくればいいのさ。

 群集というものは、いつでもそんな甘いことを考える。

 まあ、少しは物のわかっている街の有力者たちが、すぐさまザ・ダンジョンの入り口を封鎖したので大事には至らなかったな。剥き出しの銃を手にした警官たちが洞窟の周囲にバリケードを張って、暴徒たちを食い止めたんだ。百人近くがこの衝突で死んだが、まあそれは大したことじゃなかった。
 本当のことを言えばダンジョン探検はずぶの素人には無理だ。そう考えれば、金の卵をうむガチョウを殺そうとする輩は射殺されても文句は言えないって理屈になる。

 おや。そうか、知らないんだな。

 いいかい、ザ・ダンジョンはグレート・ロードの持つマウイマウイ錠、つまり生体認識コードの放射に反応するように設計されている。これはオーラム波による個人認識原理を基礎とした装置で、今の時代ではどこにも無いし、誰も持っていない代物だ。
 さて、ザ・ダンジョンはマウイマウイ錠を持っていない人間を盗賊と見なす。正確に言えば「敵」だ。
 敵が内部に入ってくれば、ザ・ダンジョンは独自の排除機構を使ってこれに対処する。敵の数が多ければ排除はあきらめて、その代りに閉じこもり戦略へと移る。強盗団が侵入したら遮蔽せよ、ってわけだ。
 具体的にはどうするのかって?
 簡単さ。入り口を閉じて、金属ミミズであるその身を縮める。そうすれば洞窟は、地下数百メートルの遥かに下さ。その縮こまりは、場合によっては数キロメートルにも及ぶ。そうなるともはや誰にも手は出せない。マウイマウイ錠以外の何物も、ザ・ダンジョンを地上に引き戻すことはできない。
 まあ。縮こまったザ・ダンジョンの本体を求めて、恐ろしく堅い岩盤をろくな道具もなしに深く深く掘りぬくだけの意思があるのなら、また別だが。
 街の有力者たちが、あわててダンジョンを閉鎖した理由がこれで判っただろう。下手をするとザ・ダンジョンの中に眠っているはずの宝物のすべてが、永久に人間の手の届かない所に行ってしまう。ガチョウは殺され、金の卵どころか、あとにはその肉さえも残らない。
 ザ・ダンジョンの生み出す富は莫大なものだ。街の全員が金持ちになることだって夢じゃない。探検は慎重におこなわなくてはいけない。そう、プロの手で。
 そう考えた街の有力者たちは、あちらこちらに使いを出し、プロの冒険者たちを集めたのさ。まあ、当時は冒険者ギルドの登録制はなかったから、有名な連中を金に糸目をつけずに探し出したってことだ。

 おれはそのダンジョン探検に選ばれた一人だった。おれの役目は戦士。ダンジョンの持つ侵入者排除機構と戦うのがおれの役だったのさ。
 おっ、知っているね。その通り。いわゆるモンスターと呼ばれるのがそれさ。
 モンスターの正体はダンジョン内の補修を行う作業ロボットだ。運搬機に修理機、それと掃除屋と呼ばれるようなゴミ漁り専門のロボットなんかだ。ごくまれにだが、これに加えて警備専用のロボットが配備されていることがある。
 相手をするのが作業ロボットのたぐいならまだ何とかなるけどな、警備ロボットならば逃げるが勝ちだ。こいつらは動作が速い上に、弱点と言える部分がたったの一ヶ所しかないんだ。狭っ苦しいダンジョンの中でこいつに出くわすのは、冒険者の悪夢とも言えるな。
 念のために言っておくが、一口に逃げると言ってもそうそう簡単なことじゃない。戦士役の人間が犠牲になっている間に、残りの冒険者たちが後ろも見ずに全力で逃げる。だいたいはそんな所に落ち着くんだ。
 おれの他には洞窟工学を専門とする魔術師と呼ばれる奴。それに心理学的共感能力を使ってダンジョンの知性を麻痺させる僧侶。これに加えて思考エントロピー万能鍵を扱う盗賊。この3人がダンジョンに潜ることになった。
 魔術師はフェリンドとかなんとかそんな名前の野郎だったな。魔術師役にふさわしいやさ男で、神経質そうに見えたな。洞窟工学の博士号は持っていたが、それほど冒険慣れしているようには思えなかった。
 僧侶の役は例によって女性だ。
 どういうわけか、共感能力を持っているのは女性が多い。一説によると、男性の共感能力者も同じ数だけ生れているのだが、能力が発達した段階でショック死する場合が多いとも言う。真相は知らんがね。
 赤毛の髪をした年配の女性だったな。腕前は保証済みだ。彼女が参加した洞窟探検では、パーティが必ず生還することで知られていた。
 盗賊の名前は、ええと、すまん、忘れちまった。鋭い目つきの中肉中背の男だったな。ときどき、口の端がチックを起こして引きつるんだ。おれに対してなぜか敵意を燃やしているようで、最初に会ったときにじっとおれの目を睨んでいたのを覚えているな。
 それはまあ、チームワークがあったほうがいいさ。だけど、それがなくてもなんとかなる。一度ダンジョンのなかに潜りこめば、否が応でも協力し合うことになる。そうしなくちゃ生き残れない。
 ダンジョンでの生存力学ってやつだな。それを理解していない連中なら、名が売れるまで生き残れはしない理屈だ。だからおれはその点では心配してはいなかった。
 おれたちは説明を受けるとすぐに、そのザ・ダンジョンへと向かった。街の連中が見守るなか、おれたちは洞窟の入り口へと足を踏みいれた。

 言い忘れたがおれの特技はこいつさ。
 見えたかい?
 見えなかったろう。
 おれの反射神経は特殊でな、通常人の数倍の速さで動けるんだ。もっとも、すばやく動けるのは残念ながらこの二つの手だけだがね。
 ああ、もしおれの身体のすべてがこの速さで動けたらなあ。そうすれば、ダンジョン漁りの冒険者なんかじゃなくて、中央闘技場で拳闘士にでもなっていたろうなあ。金も女も名声もどっちゃりだ。暗い穴蔵を這いまわるよりも、ずっといい暮らしだ。
 しかしまあ、無いものねだりをして人生をすねて暮らすよりは、いまあるものを最大限利用するほうが前向きな生き方ってものだ。色々と考えた末に、おれは洞窟冒険者になることに決めた。運がよければ、それなりに金持ちにはなれるって目論見だったな。
 この手か?
 なんでも以前、どこかの偉い大学の先生が来てな、調べていったことがある。遺伝子変異がどうとかって言っていたな。
 記録によるとグレート・ロードたちは、五大同盟の時代に、戦闘を専門にした人間を創りだしたそうだ。遺伝子改良技術って知っているか?
 生れてくる子供をほんのちょっとだけ、親と違うものに変えてしまう技術だ。
 おれの先祖が、そういった創られた人間だったのかどうかは知らないな。人間を創るなんて、神をも恐れぬ行為だとおれ自身は思っているがね。
 まあ、その昔から人間は本気で神様を恐れたことなんか、一度もないのだから仕方がない。人間ってのは心の片隅でひそかに信じているものなんだ。神様は優しい御方だから、きっとぼくの罪を許してくれるに違いないってな。
 ああ、たしかに許してくれるだろうよ。でもその前にかならず罰がある。

 さて、どこまで話したかな。

 戦士の役を勤めるには、この手の速さは重要なんだ。この速さがあれば、作業ロボットに捕まって両目を潰される前に、ロボットの体についている緊急停止スイッチを叩きこめるってわけだ。
 作業ロボットにはかならず、こういった緊急停止スイッチがついている。力はいらない。ロボットより速く動ける手があれば、ボタンを押すにはそれで十分だ。
 どうしたい?
 何をそんなに驚いた顔をしているんだい?
 ああそうだ。ダンジョンの作業ロボットってやつは例外なく、捕まえた侵入者の両目を潰す。目が潰れれば侵入者は動けなくなるからな。そういった状況を想定した特殊な訓練を受けている者ならともかく、いきなり盲目にされたんじゃ、洞窟から逃げたくてもまず逃げられるものじゃないからな。
 そうしてグレート・ロードの裁定が下るまで、侵入者を洞窟のなかに捕らえたままにするわけだ。
 そりゃあダンジョンの中の論理は恐ろしく厳しいし、汚い。機械知性だけが持つ、残酷で冷酷な倫理に貫かれている。
 わかって貰えるかな。まったくの素人にはそもそもダンジョン探検など無理なのだということが。そう言った意味でもダンジョンを封鎖した当局の判断は正しかったわけだ。
 人から洞窟を守れ。洞窟から人を守れ。二つの言葉は同義語だ。

 アイシャン街の評議会がおれたちに提示した金額は、そうさな、娑婆ならば豪邸が数件建つほどの金と言えばわかってもらえるかな。その代わりに、ダンジョン内で発見したものはすべて街の所有となる取り決めだった。
 まあ、細胞活性剤の小瓶かなんかがあったら、隠しポケットに納めるぐらいは見逃してくれただろうけどね。
 そりゃあ、おれたちに文句のあろうはずもなかった。このダンジョンはすでに所有権が確定しており、封鎖措置まで発動していたんだ。法的にも、実際の状況においても、フリーの冒険者が自分たちの好きにできる状況じゃなかった。他にもダンジョンに潜りたがっている冒険者たちは山ほどいたんだから、わざわざ不満をあらわにして、こんなにおいしい話を逃してしまう馬鹿はいないな。
 大勢の人々の羨望のまなざしの中、盗賊役の男が思考エントロピー万能鍵を使って、己の人生の経験の一部と引き換えに、ダンジョンの入り口の錠を解除した。こうしておれたちはダンジョンの暗闇のなかへと降りて行ったんだ。

 中に入って、おれは思わず口笛を吹いてしまったね。
 仕事がら、それまで幾つものダンジョンに潜ったことはあるが、これほど奇麗に整備されたダンジョンは初めてだったからだ。それにその大きさ。大の大人が何人も、肩を並べて楽に歩けるのだから凄い。これはつまり、今まで誰もこのダンジョンに足を踏みいれたことがなく、またダンジョンが金属資源の豊富な鉱床をいくつも抱えているってことを示している。
 地球の表面は金属資源が枯渇し尽くしているが、地下深くにはまだ十分な金属が残っていることの、これは良い証明だな。残念ながら今の人間の力ではそれらの金属資源を手に入れるのは無理だが。
 いやもう、そのときのおれたちのにやけた顔を見せたかったね。文字通りの宝の山へ、足を踏みいれたのだから。
 あんた、金属をたっぷりと手に入れたダンジョンが、どんな物を産み出すか知っているかい?
 それはもう凄いものさ。

 たとえばあらゆる組織を再生できる変性チタニウム・バイオマテリアル。
 再生誘導装置って言うのを首都のどこかの病院で見たことはないかな?
 それに入れる材料がこれだ。この再生誘導装置ってのは早い話が、魔法の治療装置だ。どんなに激しく破壊された生物組織でもまたたく間に再生できる。
 以前にたった一度だけ、この装置が働くのを見たことがある。最後に残った一さじ分のバイオマテリアルで、どんな奇跡が出現したかわかるかい?
 ある政府のお偉いさんが、テロリストの仕掛けた爆弾で体の半分を吹き飛ばされたと思いねえ。そこで登場したのがこの装置。わずか三日で身体は完全に元どおり。いや、元よりも丈夫な新品になってでてきたって話だ。
 でもそいつが最後のマテリアルだったのさ。それ以来、再生誘導装置はただのガラクタ。奇跡は跡形も無く消え去っちまったってわけだ。
 グレート・ロードの時代にはそんな魔法のような道具が山ほどあった。そう、夢の時代だったんだ。だけど技術を支えている金属資源が枯渇してしまえば、その夢も覚める。戦争のような馬鹿のやる行いで、無意味に金属を使い尽くしてしまったんだから、言い訳もできないわな。後に残るのは厳しい現実、ほとんどの産業が崩壊してしまった惨めなこの世界だけだ。
 そういった夢にまで見た宝物が、その時おれたちの目の前に所狭しと並べられていたわけだ。
 おれたちが有頂天になった気持ちもわかるだろ?
 そこにあったすべては法律で街の所有物とされていたが、なに、そんなのは構うことじゃねえ。
 うん。緊張しなかったと言えば、嘘になるな。この探検に成功すれば、次の探検の依頼も引き続きおれたちに回って来るだろうからな。としてみればこれはどえらい金蔓をつかんだってことになる。おれたちも、この街も。こと、ダンジョン探検に関してのみは、どの街でも身内びいきは無しだ。賭けられているものの価値があまりにも大きいから、失うわけにはいかない理屈だ。どこの街でも洞窟探検には最高の腕前を持った冒険者を選ぶ。それが鉄則だ。
 やっほう。この洞窟をあと何往復もすれば、それだけでおれたちは信じられないような大金持ちだ。どこかに豊かな農地を買いこんで、ご領主さまとしてそこにおさまることもできるんだ。
 別にそう叫んだわけじゃないが、誰しも考えることは一緒さ。

 おれたち四人はそろそろと慎重に進んだ。
 この四人という数は『侵入者』が『強盗団』と判定されないための限界だ。少なくともこの人数ならば、ダンジョンは待避行動に入らないことが、今までの経験で証明されている。ひとたび待避行動に入ってしまえば、ダンジョンは熱放散ができなくなるために生産活動を停止する羽目に陥る。ダンジョンとしてはたかが『侵入者』のためにそこまでの損失を払うことはできない。その代わりにどうするかといえば、そう、モンスターのお出ましさ。
 モンスター。そう表現するしかないな。生命洞窟で使っている作業ロボットってやつは、全身を貴重な金属で固めた、奇怪な怪物の姿をしている。
 ああ、そりゃ、そのダンジョンのなかときたら、もの凄いモンスターの勢揃いだったね。
 例えば、ブラスゴッチ。こいつはやや黒味がかった赤色の殻を持った、甲虫型の作業ロボットだ。大きさは人間の体の半分ぐらいだな。このロボットはガラクタの収集屋でね、ダンジョンのなかに散らばっている金属の切り屑などを回収する。
 そう。ゴミ集めのために作られたロボットさ。いやいや、こいつの恐ろしいところは、その頑丈な顎だ。元々が金属屑を押し潰すための顎だから、こいつに食いつかれたら人間の足なんかまたたく間に切断される。強化プラスチックの鎧なんて、紙クズ同然だな。
 でもまあ、こいつの弱点は比較的に手の届きやすいところにある。だから経験を積んだ冒険者はこいつをそれほど恐がりはしないものなのさ。停止スイッチは目に当たる部分のすぐ横だ。ここを二回ほど強く押しこめば動きは止まる。
 グリンモンスター。こいつはちょっと手強かったな。重量物を運搬するタイプのロボットでな。こいつが正面から突進してくれば、狙われた冒険者には助かるすべは無い。弱点は正面右のマークの下だ。ここを叩けば緊急停止機構が働く。もっとも、そいつはグリンモンスターが突進に入る前にやらなくては意味が無いがね。
 一番やっかいだったのはブラックスターって呼ばれるやつだ。
 ブラックスターは警備専門ロボットでな。ダンジョンのなかで戦闘を専門とする唯一のロボットだ。いや、驚いたね。ブラックスターがいるってことが、このダンジョンの豊かさを示していたからだ。金属不足に悩むダンジョンでは、作業に使えないロボットなんか、飼っておく余裕はないからな。
 この戦闘ロボットってやつには、火器一つ持っていない普通人ではまず勝てない。
 ついでに言うと、ダンジョンの中には火器の類は持ちこめない。火器を持ちこんだりすれば、ダンジョンは即座に待避行動に入る。火器を相手にしては作業ロボットによる『侵入者』排除はあまりにも分が悪くなるしな、第一にダンジョンの中の貴重な機械類を壊される可能性が出て来る。
 いや、別にダンジョン自身にこういったことを聞いたわけじゃない。どこかのお偉いさんがそうではないかと考えたことを、又聞きしただけさ。
 まあそんな理由で、ダンジョンの内部に持ちこめるのはせいぜいが、剣か弓などの人力で動く武器の類までだな。原始的で野蛮なことこの上ないが、奇妙にいまの時代に合っているとも言えるな。
 さてこのブラックスターだが、こいつの恐ろしいところは人間よりも動きが速いってことなんだ。それに加えて、緊急停止スイッチがどこにもついていないことも挙げられるな。もちろんロボットならではの怪力だし、自身が恐怖というものを知らないから攻撃に容赦がない。武器こそ持っていないが、その手による打撃は杉の厚い板を楽々とぶち破るんだ。装甲はとても丈夫で、試したことはないが、普通の銃弾ぐらいなら平気で跳ね返すだろうな。
 警備ロボットなんだから目立つ弱点がないのは当然だが、こいつに襲われたほうはたまんねえ。棒で叩こうが、弓で射ろうが、まったく効かないんだから。洞窟のなかでブラックスターに出会うのは、冒険者の悪夢と言ってもよい。それは生きている死に神であり、人生の略奪者なんだ。

 良かったよ。曲りん棒を持ちこんでおいて。
 曲りん棒ってのは文字通りに先が鉤状に曲がったバエリタイト金属の棒だ。こいつは特殊な圧縮金属なので値段は目の玉が飛び出るほど高い。そう、高かったよ。おれの今までの冒険者としての稼ぎの大半は、こいつを買うことに使ったようなものだった。
 まあしかしそれでも、モンスターに自分の目玉をくり貫かれるよりもうんと良かったな。そう、警備ロボットであるブラックスターを壊せるのは曲がりん棒だけなんだ。
 曲りん棒の使いかたは実に簡単だ。相手の肩に上から叩きつけて、それから手前に引く。そうすれば自動的に曲りん棒の先は相手の首の付け根に背後から突き刺さるって寸法だ。ブラックスター自身は金属棒で殴られても平気だ。人力で自分の装甲が破られることは無いと知っているから、最初の打撃を避けようともしない。その隙をついて、曲りん棒の先は急所へと刺さり、ブラックスターの動きを止めるというわけだ。もっともたいていの場合は、曲りん棒が刺さるよりもブラックスターが冒険者の目をくり抜く方がうんと早いがね。
 もちろん、おれが勝ったのは幸運のお陰だけじゃない。曲がりん棒を買ったときから、暇があるときはいつもこいつを振るう練習をしてきたからな。いまじゃ目をつぶっても曲がりん棒を使える。それも目にも止まらぬ素早さでだ。
 ああ、首の後ろかい。そうだとも、この部分にはブラックスターの唯一の急所とでも言えるものが納められている。外部増設装備へのコネクターだ。ブラックスターの身体につける、拡張武器への操作コードを埋めこむ部分に小さなパネルがはめられているのさ。そこだけが他に比べて強度が低いんだ。中には重要な電子神経中枢が納められているのにな。
 どうしてそういう設計になっているのかは知らない。はるか昔に消え去った技術者たちの設計ミスなのか、それともロボット相手に棍棒なんかで戦う連中のことは想定していなかったのか。どちらにしろ、おれたちはこの死に神の弱点を見つけ出したってわけだ。
 もっとも、並み居る戦士役の連中の中でも、高速で動くブラックスターの唯一の急所を破壊できるのはおれぐらいのものだろうな。普通の人間ならばとてもじゃ無いが、あの動きの速さには太刀打ちできないな。
 おれの早業を見て、一緒にダンジョンに潜りこんでいた連中は躍り上がって喜んでいたな。
 それはそうだろう。おれとブラックスターの戦いに賭けられているのは、自分たちの命そのものだからな。グレート・ロードたちはとうの昔に自分たちで殺し合って滅び去っている。ということは、一度このロボットたちに捕まれば、間違っても釈放されることはあり得ない。迎えに来てくれるグレート・ロードはもういないんだからな。
 もちろんグレート・ロードというものは、伝説に残る通りに無慈悲な存在だったのだから、囚人に食事など出しはしない。あまりぞっとしない死に方だな。暗闇の中で飢え死にというやつは。
 皆がこの勝利に喜んでいる中で、おれだけは深く考えこんでいた。
 奇妙なことに気がついたんだ。

 どういうことかって?

 実を言えばおれは以前にもブラックスターとはやりあった事がある。それは今回ほどではないが、結構大きなダンジョンでのことだったがな。だが、そのときは最初からこの手のロボットが出て来た。
 そりゃそうだろう。切り札を出し惜しみするような馬鹿がどこにいる?
 人間を相手するだけならば、わざわざ捕縛確率の低い作業ロボットを先に送り出す必要はないわけだ。おれのように特殊な能力を持っていないかぎり、警備ロボットに火器を使わずに勝てるような人間はまずいない。ならば最初から警備ロボットを送りだせばいい。作業ロボットを壊される危険を冒す必要はザ・ダンジョン側にはない。
 ではどうしてここでは警備ロボットだけではなく、作業ロボットまでもが駆り出されて来たのか。それが謎だった。
 ああ、そりゃ確かに、おれは戦士で力仕事がその役目だ。だけどおれは大学で誘導型クラップル端子を使ったこともあるし、ダンジョンについてはそれなりの知識を蓄えて来ている。
 いつも才能ある魔術師役と組めるとは限らない以上、自分でなにもかもできるように訓練しておいて損はなかったからな。職業意識ってやつだよ。実際にこうした知識のお陰でおれは何度も危機を乗り越えて来ていたし、一見ささいな事に思えるものが、後から実はとても重要なヒントであったことを、自分の骨身を使って思い知らされた経験も何度かある。だから、おれはこう言った小さな兆候を馬鹿にしてはいけないことを覚えていた。
 そんな小さなことを気にするのは偏執狂だって?
 たしかにそうだ。だがダンジョンのなかでは、偏執狂のほうが正常な野郎どもよりは長生きできる。
 皆が先を急ぎたがる中、おれは倒したばかりの警備ロボットをじっくりと調べて見た。人型の構造は確かに警備ロボットそのものだ。大きさといい、色といい、以前に見たブラックスターと寸分違いはない。首の後ろの壊れたパネルからはみ出した緑色の模擬生体電子端末、背中の両面の熱の排出孔、それにセンサーの詰まった頭部とそれに刻まれた人間の顔を摸した絵柄。どれも異状はない。
 だが何かが気にかかる。笑わば笑え。これは偏執狂の勘だ。
 しばらく観察してみて、ようやくおれは違和感の原因に気がついた。ブラックスターの胸についている黒い星型の金属板。こいつがどうも奇妙に見えた。
 この黒い星の紋章こそブラックスターの名の由来なんだ。なんでも遥か太古、巨大企業主のグレート・ロードが生み出されるよりも前の時代に存在した、平和の守り神の紋章だという噂だ。
 そいつが、以前に見たブラックスターのマークと、どことなく違うように思えたわけだ。こんなところでぐずぐずと立ち止まっていると、いかに僧侶が探知妨害をかけていると言っても、じきに他のロボットどもが集まって来る。それを恐れた冒険者連中がひどく急かすので、おれは仕方なく調査を打ち切って立ち上がった。立ち上がるついでに、そっとそのブラックスターのマークに触って見た。

 血が逆流したね。あの時ばかりは。さすがのおれも。