SF短編銘板

ファーストコンタクト(閲覧注意R18)

 2057年はファーマル星人と人類のファーストコンタクトが行われた年として記憶されている。

 ファーマル星人は地球から四百八十光年先にある巨大惑星で進化した異星人だ。見た目は巨人サイズのゾウリムシに似ているが、超がつく高度な科学技術を持ち、IQは人類の数倍以上と言われている。気の良い奴らで寂しがり屋でおまけにどこか大事な所が完全に抜け落ちているというのが彼らを知る大方の感想だ。まあそれも生命としての存在形態が大きく違うのだから仕方がない話ではあるが。
 彼らはとても慎重な性格で、地球を発見して以来、木星の影になる位置に巨大な探査船を隠しておいて、一万年以上に渡って地球を観察していた。そしてようやく頃合いよしと見て人類に接触してきたってわけだ。
 うん、慎重にも程がある。

 木星近辺に見つかった物体は最初は大きめの隕石だと思われていた。だが光速の30%というとんでもない速度で地球に接近してきたそれは、わずか十分間で音速以下に減速すると地球への降下を開始した。
 そう、ワシントンDCに向けて。


 もちろんアメリカは核ミサイルを撃とうとした。
 大統領の承認の後に、将軍の前に赤くて小さくてとても危険なボタンが運ばれた。そしてでっぷりと太った将軍は満面の笑みを浮かべてそれを押そうとした。
 どれほど長い間この機会を待ち望んで来たことか。ついに核兵器が撃てるのだ。将軍の顔はそう言っていた。まさに愚か者の思考である。
 だがその瞬間、全米科学アカデミーが待ったをかけた。
 巨大な重量物を光速の30%からゼロへ落としたときには莫大なエネルギーが代わりに産まれる。運動エネルギーはどこにも消えることなく、ただ熱エネルギーへと変換されるのだ。
 計算上ではそれは、太陽もかくやと思われるぐらいのでっかい光の塊が作れるぐらいのエネルギーになる。それでも巨大宇宙船が蒸発していないのは、宇宙船が莫大な熱処理能力を持っている証拠だと科学者たちは将軍に説明した。つまり人類の核兵器では異星の船は傷一つつかないと主張したのである。
 科学者たちの説明をぽかんとして聞いていた将軍は、ごほんと一つ大きな咳をしてから再びボタンを押そうとした。
 三人の科学者がその手に飛びついて引き留めると、もう一度最初から説明をした。そして話が通じていないのが分かると説明の方向を変えた。
 あの宇宙船は熱の爆弾だ。少しでも傷つければ爆弾は破裂し、その余波で我が国は壊滅すると話したのだ。
 しばらく黙って考えていた将軍は尋ねた。
「その爆弾はどのぐらいの破壊力がある?」
「爆発により直径800キロメートル内の物質はすべて蒸発します。衝撃波で我が国の上にある建造物はすべて粉々になり、地球の裏側の国のあらゆる人々も死に絶えます」
 今度の将軍の沈黙は長かった。そして彼はポンと一つ手を叩いて何かを思いつくと、赤いボタンへと手を伸ばした。
 重くて硬いものが将軍の頭の上に落ちた。一瞬で昏倒した将軍の背後に立っていた科学者が手にした金属棒を床に投げ捨てると荒い息で言った。
「殺人の意図があったことをここに告白します。でも後悔はしていません」
 後の調査で判明したのだが、不思議なことに将軍が倒れた瞬間は誰も見ていなかった。

 担架の上に載せられてようやく将軍は目を覚ました。
「いったい何が起こったんだ? うう、頭が痛い」
 救急隊員はにっこりと将軍にほほ笑んだ。
「恐らく突発的な心臓発作でしょう。倒れて頭を打ったんですよ。病院についたら心臓の検査を受けてください」
「ああ、心臓か。医者には注意されていたんだ。さて、俺のあの赤いボタンはどこだ?」
 もう一度何か硬いものが将軍の頭の上に落ち、救急車は速やかに病院に向けて出発した。


 ホワイトハウスの前に浮かんだ宇宙船は、街一つがすべてその影に隠れてしまうほどに巨大だった。それからもっと小さな宇宙艇が船体から離れ、地球各地に飛んでいった。やがて宇宙艇は地球上にある全ての大都市上空に到達すると、巨大なスクリーンを青空高く展開した。それはフルカラー立体音響付きの放送装置だとすぐに分かった。
 ホワイトハウスでの光景がそこに映ったからだ。
 このとき世界中のあらゆる人々が、リアルタイムでホワイトハウスの庭で行われていることを歴史上初めて共有することになった。

 巨大宇宙船からもう一つの小型宇宙艇が離れ、今度はホワイトハウスの庭に着陸した。小型宇宙艇の中からタラップが現れ、やがてその上を一つの人影が歩いて出てきた。

 いや、今ではファーマル星人はゾウリムシの形をした何かだと分かっているが、当時は誰もそれを知らなかったので、それがただのアンドロイドだとは分からなかったのも無理はない。つまり人類は彼らのアンドロイドをファーマル星人の姿と勘違いしたわけだ。

 そのアンドロイドは美しかった。人間の男性というものの美を追求したらこうなるのではないかという見本だった。今では閲覧禁止になっているこの放送を見ていた者たちにはきっと天使の降臨に見えたことだろう。
 頬にかかる髪は黄金色に輝き、はっきりした顔立ちにエメラルドを思わせる深い緑の色の瞳を備えている。まるでダビンチのスケッチから抜け出てきたかのような完全な黄金比を見せるその体は、その肉体美を余すことなく強調するように設計された上等な生地のスーツに包まれていた。
 そしてアンドロイドは朗々たるバリトンで話し始めた。マイクの類は見えなかったがその声は無線に綺麗に拾われ、各国の上空に流された。残念なのはBGMが付かなかったことぐらいだろう。

「地球の皆さん。初めまして。私はファーマル星人です。地球より四百八十光年先の惑星から来ました。そうです。もうお分かりのように私は異星人です。
 皆さんにこうしてご挨拶ができることは私たちに取って大変な喜びです。ああ、それを表現できるような言葉が言語変換機に見つけられないのがとても残念です。そうです。私たちの言葉で表現するならばそれはガルンデアップなのです」

 後で判明したことだが、ガルンデアップとは彼らの喜びの表現の一種で、その喜びを表現するためにファーマル星人が五百集団単位で儀式的な自殺をするというものであった。死を持ってしか表現できない喜び、つまりはそういうことである。

「ご存じでしょうか。人類の皆さん。
 我々の半径三千光年に渡る探索の結果として多くの生命形態が見つかりましたが、知的生命と言えるものは貴方がただけなのです。そうです。地球の皆さん。私たちはこの広い宇宙の中でたった二種類だけ存在する知的生命体なのです」
 ここでアンドロイドは謎のゼスチャーをした。意味は分からなかったものの、それは優雅でかつ美的センスに溢れた、まるでプロのダンサーを思わせる動きだった。
「私たちファーマル星人が心から望むのは、そうです、貴方がたとの深い深いコミュニケーションなのです。このために私たちは長い間貴方がたを観察してきました。そう、貴方がたが文明を築き始めたとき以来ずうっとなのです。そして電波を放射してさまざまなコミュニケーションのための情報を発信し始めたとき我々は決心したのです。いまこそ我らが姿を現すべきときだと」
 ここでアンドロイドが手を振ると、空に投影されている映像の傍らに無数のサブ映像が表示された。それはいくつもの地球産の画像であり、中には白黒のものもあった。地球で放映された百年に渡るあらゆるテレビ画像だ。
「私たちはひたすら待ち、提示された情報を解析し、このファーストコンタクトが可能になる日を心待ちにしました。貴方がたの素晴らしい言語を習得し、その意味を理解しました」

 ファーマル星人は足を踏み出した。兵士たちに囲まれて待ち構えている人々へと恐れ気も無く近づく。そうだ。その輪の中心にいるのはアメリカ合衆国大統領その人なのだ。
 兵士たちが反射的に銃を構えると、すぐにまだ残っていた他の将軍たちによる制止の怒号が飛んだ。だがそれはわずかに遅かった。怯えた兵士の一人が異星のアンドロイドに向けて銃を発砲したのだ。
 銃弾はアンドロイドの胸にまともに命中した。将軍が発砲した兵士の顎を殴り、その手から銃をむしり取った。
 この惨事にギャラリーからはどよめきが上がったが、異星のアンドロイドは微動だにしなかった。スーツの表面を探ると超複合体繊維に絡んだままの変形した銃弾を見つけ、それを両手に持ってうやうやしく差し出した。
 前に進み出た将軍は震える指でその銃弾を取り上げる。それはまだ熱を帯びていた。潰れた弾頭をしげしげと見た後に、将軍はそれを勲章だらけの自分の胸ポケットにしまった。
 このアンドロイドは装甲されている。そう思ったが、賢明にも口には出さなかった。

「大統領閣下に贈り物があります」
 アンドロイド -異星の使節- は言った。
「また同時に、これは地球の人々すべてへの贈り物でもあります。私たちファーマル星人はあらゆる科学と技術の成果を貴方がたと共有することを決議したのです。この宇宙にたった一人しかいない友人を全力で助けることに決めたのです。
 今この瞬間からはもはや環境は問題にならないでしょう。それは完全に制御できるのです。
 これからは資源も食料もエネルギーも問題にはならないでしょう。それは無限に手に入るのです。
 生活空間。それもまた今では問題になりません。あなた方のためにテラフォーミングした惑星をたくさん用意してあります。それらすべてがあなた方のものです。
 これからは病気もすべて過去のものとなります。私たちの分子制御技術はすべての病気を克服しました。また、老齢も私たちの世界では忘れ去られたものの一つです。生きたいと願う者は無限に生きることができるのです。
 これからは戦争は一種の競技へと変化するでしょう。無意味に殺しあう時代はもう終わったのです」
 これを聞いた将軍たちはものすごく渋い顔をしたが、周囲の誰もがそれを無視した。
「その見返りに私たちが求めるものは貴方がたとのより深いコミュニケーション。ただそれだけなのです。
 貴方がたは私たちが持たない多くの衝動や感情を持っています。その文化的な深みはとても私たちが及ぶ所ではありません。そう、私たちは文化が欲しいのです。それは私たちと貴方がたの存在理由を明確にし、宇宙の中にどうして二つの種族しか見つからないかの解答を与えてくれるでしょう」

 ここでファーマル星人は最初の爆弾を落とした。

「そして今日この日のために、私たちはこのボディを設計しました。私たちファーマル星人は貴方がたから見れば怪物に見えることを理解し、より深いコミュニケーションのためにこの人類に似せたボディを用意したのです」
 ファーマル星人は皆が見ている前でスーツを脱いだ。スーツの下は、奇妙な燐光に光る謎の金属で構成されていた。人間の肌に似せているのはスーツで隠されていない部分だけなのだ。
「私たちは理解しました。貴方がたのラジオ放送とテレビ放送を。そこに含まれた無数のニュースとドラマを。そうです。私たちは理解したのです。貴方がたの本当の望みを。そのために大陸一つ分に相当する思考機械を作り、貴方がたの心理モデルを百年に渡って研究したのです」

 ファーマル星人は一歩前へと足を踏み出した。そろそろ次の爆弾を落とす頃合いだ。

「貴方がたの望みは次の二つに集約されます。
 暴力とセックス。
 そうです。暴力とセックスです。それだけが貴方がたのニュースとドラマに含まれるすべてです。
 殺人。不倫。愛ゆえの逸脱。留まることを知らないベッドシーンの陳列。繰り返される戦争。あらゆるいじめのバラエティ。憎しみと復讐をテーマとした大量の作品群。そうです。それが貴方がたの本質だと私たちは理解したのです」

 ここまで言うとアンドロイドの体に変化が起きた。
 全身からトゲが突き出したのだ。その体のあらゆる場所から禍々しい形をした無数の刃が現れた。それよりも驚いたのは股間からも何かが突き出して来たことだ。各国で映像を見ていたお母さんたちが慌てて子供の視線を遮った。

「ド・・」誰かがつぶやき、その後を別の誰かが引き継いだ。「・・ドリルだ」

 それはアンドロイドの股間に屹立する大きな黒光りするドリルだった。鋭い先端を何かの液体でてらてらと濡らした、大きくて凶悪なドリル。それは皆が注視する中でゆっくりと回転を始めた。その目的は教えて貰わなくても十分に分かった。
 股間ドリル。それがそれ以降の正式な呼び名になった。

「最初は大統領。あなたとのコミュニケーションを望みます。それからここにいる全員との深い深いコミュニケーションを順番に行いましょう。心配しないでください。私の動力は無限です。何人でも相手ができます」
 アンドロイドは大きく両手を広げた。その両腕にびっしりと植わったトゲが鋭利に光る。それと同時に股間のドリルが回転を速める。
「さあ、始めましょう」

「撃て!」
「撃て」
「撃ちなさい」
 パニックに駆られた将軍と政治家たちが異口同音に叫んだ。
 気を取り直した兵士たちが銃撃を始めた。だが、皆の予想通りにそれは何の効果も無かった。無数に放たれた金属の銃弾はアンドロイドに当たる寸前に何かに止められて、周囲の大地の上に金属の山となって降り積もった。
 アンドロイドが手を振ると、大統領以外の全員がその場に崩れ落ちた。
「心配しないでください。睡眠誘導波です。彼らは寝ているだけです」
 ファーマル・アンドロイドが身を固くしている大統領に説明した。
「これから貴方は快楽と苦痛を同時に味わうことになります。それは今までに貴方が受けたことのあるどれよりも素晴らしく強烈であることを保証します。快楽と苦痛は根は同じものであり、それらは絶頂へと至るための異なる道筋にしか過ぎません。我々の計算がそれを保証します」
 アメリカ大統領は悲鳴を上げた。
「止めてくれ。私は年寄りなんだ。死んでしまう」
「大丈夫です。安心してください。私は無限とも言える拷問シミュレーションを繰り返して来たのです。貴方が途中で死ぬことはあり得ないし、また死んだとしてもすぐに生き返ることになります。私たちがすでに死を克服していることはお伝えしました。だから安心してください」
「これが君たちのやり方か!」涙をまき散らしながら大統領はイヤイヤと首を横に振る。
「これが私たちのやり方です」
 アンドロイドはそう答えると最後に一言だけ付け加えた。それは過去にテレビ放送されたある映画で出て来たセリフだった。

「逃げないでください。私たちは友達だ」

 もちろん大統領は逃げようとしたが、アンドロイドの方が速かった。というよりはこの映像を見ていた誰の目にもアンドロイドの動きは見えなかった。一瞬前には離れたところにいて、次の瞬間には逃げようとしている大統領を取り押さえていた。後で学者連中がこの映像を解析したが、何らかの時間操作とだけ結論が出た。
 アンドロイドの手で大統領のズボンとパンツが脱がされ、その状態でアンドロイドは大統領の後ろに回った。
「ではコミュニケーションを始めましょう」
 股間ドリルを生やしたファーマル・アンドロイドの腰がリズミカルに動き始めると、刃に刻まれた大統領は最初から最後まで情けない悲鳴を上げ続けた。
 この放送時点から四十八秒後にこの放送自体が新国連の手によりR18に指定されたのはギネスに登録されるほどの快挙であった。

 全てが終わるまでに八時間と四分が経過した。ファーマル・アンドロイドは寝ている人々を一人づつ起こすと、その全員と深い深いコミュニケーションを行ったのだ。
 周囲は血まみれで、死人が出なかったのが不思議な光景だった。いや、死んだ人間はいたのだろうが、すべて蘇生させられたというのが本当の所だ。
 それらすべては余すことなく空中投影で放送され続け、全世界で視聴率は九十八パーセントを越えていたと報道された。人々はこの残酷なエログロ・ショーに釘付けになっていたのだ。
 その通り。これこそが人間の本質だ。


 その日から人類の生活は激変した。
 支配と戦争と飢餓と病気は根絶された。今や誰もが未来を恐れることなく生きるようになった。
 貧困も撲滅された。生活必需物資の生産量は異常なまでに増大し、誰も生活に困るものはいなくなった。
 新しい道具が発明され、新規なスポーツがいくつも始まった。遺伝子工学で作られた奇妙な味の果物が市場に溢れ、様々な家庭用の製品が華開いた。
 働く必要が無くなった人々はあらゆるイベントに殺到した。無数と言ってよい文化クラブが発足し、新種の無害で強烈なドラッグが発売されるようになった。
 あっと言う間に手狭になった地球だけでは足りなくなり、火星と金星のテラフォーミングが行われ始めた。超光速船の建造が開始され、近々ファーマル星人が見つけておいた惑星への人類の移住も始まるだろう。
 新しい友を見つけるための銀河調査船も同時に建造されている。まさにスタートレックの世界がすぐ間近まで来ているのだ。


 こうしてある日突然、人類とその未来は救われた。
 それでもただ一つだけ、困ったことがある。
 ファーマル星人はより深いコミュニケーションを求めて、年に一度は地球にアンドロイドを送り込んで来るのだ。