「持っていったスプーンを返しなさい」
母が怒った。
「へ? なんのこと」
「スプーンよ!」
台所に置いてあるスプーンがどんどん減り、ついには後数本まで減ってしまったのだ。母は私が部屋に持って行って返していないのだと思いこんでいる。
一応探してみた。こちらに来ているのは一本だけだ。そもそもスプーンなんて汚部屋でも無い限りそうそう行方不明になるものではない。
母は信じてくれなかった。
この手の器物消失や器物の位置がそっと変わるのも小さなオカルト現象の一つである。
腹いせに、百均ショップに行ってスプーンを百本程度まとめ買いしてこようかとも思ったが、大人げないので止めた。そのうち、出て来るだろう。
しばらく経ったある日、いきなり消えていたスプーンが台所に戻った。私は何もしていないが、母は私が隠していたスプーンをやっと出したと思い込んでいた。私も敢えて訂正しなかった。訂正することに意味は無かったから。親を怖がらせるだけだ。
スプーンが戻った代わりに、今度は包丁が一本また一本と減り始めた。さすがに持っていった包丁を返しなさいとは言われなかった。