真夜中に目が覚めた。外から入る薄ぼんやりした灯りに見える見覚えの無い天井の姿に慌てた。
ここ、どこ?
目の焦点があって、安心した。何だ、いつもとは逆向きに見た天井の姿だ。寝ている間に見事に頭と足の位置がひっくり返っている。ご丁寧にも使っている長枕まで頭と一緒に反対側に来ている。しかし自分でも、器用だな、と思った。
布団の上で回転するのとは異なり、狭いシングルベッドのサイズで頭と足をひっくり返すのは容易ではない。下手すれば回転の途中でベッドから落ちてしまう。いや、実のところ相当上手く回転しないと確実に床に落ちるか、壁と頭がごっつんこだ。
しかしと苦笑した。これじゃまるで妖怪反枕(まくらがえし)にやられたみたいじゃないか。
妖怪反枕は丁度いま自分が落ちいっているような状況を作り出す妖怪である。頭の位置に足を、足の位置に頭を。あるいは枕の上下が逆になる。(昔の枕は上下があった)
寝相の悪い人間の言い訳に作られたことがすぐに判る妖怪である。
やれやれ。
枕と毛布の位置を直し、また眠りについた。
・・世の中に寝るほど楽はなかりけり・・
またもや目が覚めた。天井が逆さだ。あははは。また寝床を直し、眠りにつく。
明け方まで都合五回ほど、これをやられた。
尋常じゃない。内臓をやられているならまだ判る。苦しさの余りエビのように丸くなり、動いている間に回転するならまだあり得る。だがこれではもはや夢遊病レベルだ。枕を返す夢遊病。私は夢遊病だけはまだやったことがない。
となると。
本当にいたのか。妖怪反枕。
枕を正して六回目。
どずん!
いきなりベッドに直角に放り出されて頭を打った。どうやら妖怪枕返しが業を煮やしたらしい。
主治医にこの話をすると、取り合えず頭のレントゲンを撮ってみましょうと言われた。
(病院の医者看護婦はこの手の話を真面目に聞く。人死にが出る病棟を担当した者はほぼ全員怪奇現象には遭遇しているためだ)
「後頭部にタンコブができていますね」 笑われてしまった。
元の寝る向きでは仏壇に足が向くことに気づき、正しく仏壇に頭を向けるようになってからは枕返しは出ていない。